昭和28年から本格的にスタートした淡路島の乳牛改良事業。

より良い乳質を求めて当時の淡路酪農関係者は努力に努力を重ねました。

ここでは改良時代に活躍した名牛の紹介をしたいと思います。

 ジェネラル号

 淡路島に来た当時の写真。右端の人物が当時組合長の田中翁。

カーネーション・ファイブスター・ジェネラル号

時期 昭和28年3月31日横浜港に到着(当時1歳4か月)~昭和43年7月1日

出身 アメリカ 世界的名門カーネーション牧場

購入価格 約800万円 (当時価格)

体格85.0点

15年の長生きで病気は3回という健康優良牛でした。

19,020頭に繁殖させた名牛

淡路島牧場にはその活躍を称え銅像があります。

アイデアル号

カーネーション・プロファイル・アイデアル号

時期 昭和34年5月横浜港に到着

出身 アメリカ 世界的名門カーネーション牧場

購入価格 約1000万円(当時価格)

体格 85.3点

愛称 理想号

ジェネラル号に勝るとも劣らない活躍をみせた名牛

ウイロモント・エル・ノボ号(昭和43年)  出身 アメリカ ミッドランド牧場 体格91.0点

ロイブルック・オールスター号(昭和43年) 出身 カナダ ロイブルック牧場 体格89.0点

ピックランド・シュープリーム・プロミス号

時期 昭和44年4月3日改良センター(現淡路島牧場)に到着(当時1歳8か月)~昭和53年7月4日

出身 カナダ 世界的有名牧場 ピックランド牧場

体格 90.0点

世界的注目の系統牛

購入価格 3,240万円 日本最高価格(当時価格)

13,489頭に繁殖させました。

代表的息子牛ピックランド・エルム・アドミニスター号は当時国内種雄牛ランクナンバー2のランクに選ばれ大活躍。体格は92.5点。娘牛は第6回全日本ホルスタイン共進会で優等賞に6頭も選ばれるなど素晴らしい成績をおさめました。

昭和62年まで行われた改良事業

合計 種雄牛19頭、種雌牛55頭を導入し、淡路島の乳牛の乳質が格段に良くなり大成功をおさめ、淡路島牛乳の礎となっている。